兵庫県立芸術文化センター、2014年11月29日マチネ(初日)、ソワレ。
東京芸術劇場、12月5日ソワレ、7日マチネ、16日マチネ。
まつもと市民芸術館、12月20日マチネ(千秋楽)。
1973年、ポルトガル。独裁政権から続く圧政により、アフリカでの植民地戦争は凄惨を極め、人々は自由な思想や言論を奪われ続けていた。そんな民衆の苦しみが、親の顔も知らず孤児として生きてきたエヴァ(大空祐飛)の目には、まるで悲しみを抱えながらも黙って耐える子供たちのように映る。置き去りにしたままの過去から目を背けて生きていくことは、反発を忘れた民衆と同じだと思ったエヴァは、不安な気持ちを奮い立たせ、自分を捨てた両親を捜すために首都リスボンへ向かうが…
演出・振付/謝珠栄、脚本/斎藤栄作、音楽/玉麻尚一、ミュージカル台本・作詞/謝珠栄。全2幕。
TSミュージカル自体は『天翔ける風に』くらいしか観たことがなく、でも宝塚歌劇における謝先生の演出はスタイリッシュで素敵だなと思っていたので、期待して出かけました。
セット(美術/大田創)はとても素敵で、アンサンブルのダンスや男声コーラスもとてもとても素敵でシビれました。日本のオリジナル・ミュージカルは楽曲が弱いなといつも思うのですが、今回はなかなか良かったです。歌唱は公演前半は苦戦していたようにも聞こえましたが、どんどん仕上がっていって詩情が漂うようにすらなっていました。
ただ…お話がいただけなかった。初日幕間は一幕のあまりの中身のなさに「これを私はあと何回もリピートしなくてはならないのか…」とかなりブルーになりました。
二幕になると逆に話は盛りだくさん気味になり、おもしろいけれどご都合主義も見え、これまた出来がいいとは言いにくいところでした。
次の回ではすぐ、自分なりの見方をできるようになってしまうので、まあ結局は楽しいっちゃ楽しかったんですけれどね。大空さんの膝小僧とか衣装が細身なのでぱつんぱつんな胸元とかたどたどしいギターとか味のある歌声とかガタイのいい男たちに囲まれてるのに姫というよりやっぱり姉貴な空気とかを愛でていればいい、と言えば言えてしまえるので。
でもやっぱり作品として、物語としてもの足りなかったし、納得がいかなかったのでした。謝先生が国家や民衆といったテーマにこだわって作品を作るのはわかりますし、現代日本でもそれは今やかなり切実な問題です。でもだからこそうまくやらないとハマらないと思う。私にはこの作品は、歴史的な事実、かつかなり近現代に起きたカーネーション革命というモチーフを扱いながらも、とてもウソっぽい、アタマと理屈で作っただけのお話に見えました。この理屈っぽい私が言うんだから間違いありません。例えて言えば(「あなたに捧ぐ」の歌詞の「たとえ」の漢字表記を「例え」とするのは間違いです)いかにも私が書いちゃいそうな話だと私は思いました。でもそれじゃダメでしょ? だって私はプロの劇作家ではありません。素人が書いちゃいそうなものを舞台に上げてしまってはいけないと思うのです。
国と民衆の関係は親と子の関係に似ている。国の動乱期に孤児であるヒロインが家族を捜し始め、それを見つける物語。そして国は無血革命によって生まれ変わる…わーウソくさ。出来すぎ。いかにもアタマで作った感じ。
そもそも私にはエヴァという人がよくわかりませんでした。国が荒れて、民衆が押さえつけられていて、それは親に抑圧される(「抑制」という言葉の使い方には違和感を覚えました)子供のようで、だから反発して、自分も親探しを始める…なんてこと、あるのかなあ? 30年もなかったことにしてきたのに、今さら?
私はありがたいことに二親に恵まれて育ったので、孤児の気持ちがわからないと言われればそれまでですが、こんなに大人になった今ですらたとえば「おまえはもらわれっ子なんだよ」と言われたらある程度のショックは受けるだろうと想像はできるくらい、出自というものがその人のアイデンティティの根幹に大きくあることは理解しているつもりです。幼いエヴァが、いつか両親が迎えにきてくれるはずだと夢見たり、迎えにきてくれない両親を恨んだりして育ってきたことは十分に想像できます。でも人はずっと過去に捕らわれて生きていくことはできないものです。現実というものはもっとずっと忙しい。だからエヴァもどこかであきらめたにせよ忘れることにしたにせよ、一応はふっきったことにしたはずなんですよ。そしてきちんと大人になり、働いて自活し、なんなら自分が親になってもいい歳にまでなった。そうやって自分を確立してきた大人の女性が、政治情勢に親子の暗喩を見て、やっぱり自分も親を捜そう、なんて思うかな?と私には疑問なのです。それは今までの自分の生き方を否定することになりはしませんか? 少なくとも私だったら意地でもしない。それでも会いたいのが親なのよ、というほどの説得力は私には感じられませんでした。
一方でエヴァの親探しの理由として、孤児院で親を知らない子供たちの世話を長くしてきたけれど、最近は戦争で親を失って孤児院にやってくる子供たちも多く、そういう子供たちの扱いが親を知らない自分ではできない…みたいなことも語られるんだけど、それもなんかとってつけたような感じがするんですよね。そして基本的にこのあたりはすべて台詞で説明され、具体的なエピソードとかがあるわけではないので、ますます作り物の設定くさい感じがしてしまうのでした。「こういうキャラだと思ってくれたまえ」って出されてもさあ…って感じで鼻白んでしまうんですよね。これは大空さんの演技力がどうとかいう問題ではないと思います。擁護ではなく。だって芝居のしようがないものね。まあミュージカルであってストレート・プレイではないからキャラクターはある程度記号的でいいのだ…ということなのかもしれませんが。
でも大空さんのエヴァは私にはごく普通のありきたりな女性に見えて、大きな欠落を抱えているとか不幸だったり偏ったりしている女性には見えませんでした。だからなおさら、彼女が今さら親を捜すような行動に出ることに納得がいかなかったのかもしれません。たとえば彼女は幼なじみのアリソン(柳下大)を弟のように愛し気遣っています。彼女は愛を知っているし、すでに家族を持っているのです、無自覚かもしれないけれど。だからこの物語は、フェルナンド小佐(岸祐二)の里親モラレス(福井貴一)が実はエヴァの父親であり、エヴァの幼なじみのアリソンがフェルナンドの生き別れの弟だった、なんて途中で見えちゃういかにもの筋とは別に、エヴァはそもそも最初から家族を持ってたじゃん、という出オチ感が甚だしいのです。わかっていることをただ見せられるから、退屈するんですよね…
それからもう一点、エヴァがアリソンの入隊経緯を知って「すばらしいわ!」と発言することが私には本当に耐えがたかったです。
実際のこの時代のこの国に生きる女性としてはリアルな発言なのかもしれません。でも観客の多くは現代日本に生きる女性で、この時代のこの国も戦争に向けて大きな問題を抱えていますが、おそらく決して学生デモが立ち上がることも兵士や民衆が革命を起こすこともないでしょう。そういう国に生きる私たちには、どんなにすばらしい大義のためであろうとその手段として軍隊に入る家族のことをすばらしいとほめるメンタリティはありえません。少なくとも私にはない。「すばらしいことをしようとしているのはわかるわ、でも危ないからやめて」と多くの人が絶対に言うはずです。私はエヴァの発言に初見時にはあまりにびっくりしてこのくだりの流れがまったく追えなくなりましたからね。何言ってんのこの人、って思っちゃいましたからね。ヒロインと観客を断絶させるような台詞を書いちゃダメだと思うんだけれど、謝先生にはこれがリアルなんだろうとも思うのです。でもだったらやっぱり私たちの、現代日本のリアルとは違いすぎて、今の日本の国家と国民の問題とをこの物語に被せて観せることは難しいと思います。そういう意味でもこの作品は問題を抱えている、と私は思いました。
アリソンを死なせなかったのはよかったと思うし、ラストは私は夢オチなんかではなく、ちゃんと現実のことだと思いました。モラレスは保守派の代表格として、また政府の要人として一度は革命派に捕らわれたものの、もう退役しているんだし思想的にはむしろ進歩派だったんだし、略式裁判でもしてすぐ釈放されて帰ってきたのだと思うのです。ジルベルト(渡辺大輔)の怪我もたいしたことはなく、リカルド(照井裕隆)もちゃんと戻ってきて、家族のような仲間たちと自由に歌い呑み語れる日々が来た…という、美しいラストシーン。
その一方で、降ってきて突き刺さるカーネーションの怖さもまた、いくら無血革命とは言ったってクーデター、争乱であることには変わりはなく、そういう激しさ、恐ろしさを表していたのだと私は思っていて、いい演出だなと感じました。犠牲を払うからこそ得られるものもあるのでしょう。そして今のこの国に生きる私たちには犠牲を払う覚悟ができていないのだ、だから国に言いようにされていくのだ…というようなことすら考えました。
ただ家族を、仲間を愛し、つつましく幸せに生きていきたいだけです。どこの国とも争いたくないし、よその国に奪ってまで欲しいものなんかありません。戦うくらいなら差し出します。そういう憲法を選んで戦争を放棄した国に生まれて育ってきました。そんな国でなくなるのは嫌です。でもそんな思いは選挙でもどこにも届かなかったようでした。私たちの国はどこに行くのでしょう? 演劇を、物語を楽しめないような国になったらそれこそ未来はないと思いますけれどね…
ということを考えるくらいにはいろいろ重ねて観ていましたが、でもそれはやっぱり私が理屈っぽいからで、かつ観劇に退屈していたからこそ考えてしまったことでもあり、やっぱりちょっと今回の舞台は大空さんが選んで出たにしては私としてはちょっと…なのでした、残念。
もちろん単なる好みの問題かもしれません。それと、私はそろそろがっつりラブとかメロドラマをやる大空さんが観てみたいので、次回作はドロドロ愛憎してそうだし、楽しみです。また新しい顔が見られるのなら嬉しいです。