梅田芸術劇場メインホール、2023年4月29日15時(初日)。
東京建物Brillia HALL、5月16日16時。
連邦政府が統治する旧ルコスタ自治州クロイツェル基地で起きた上官殺害事件の裁判が行われる。被告人の名はティエリー・シンクレア少尉(柚香光)。事件が起こる一年前、自治州では連邦からの独立を目指す気運が高まり、連邦軍基地と自治州の少数民族はいつ戦闘状態に入ってもおかしくはなかった。そんなとき、ふたりの新任士官が配属される。士官学校を優秀な成績で卒業しながら、あえて辺境のクロイツェル基地への赴任を志願したシンクレアと、友人のクリフォード・テリジェン(永久輝せあ)。中央の政治に遠い自治州の安定こそ連邦の繁栄につながると判断し、任務への情熱を持つシンクレアだったが、あるときノヴァロ(綺城ひか理)ら連邦兵士たちに絡まれていたライラ(星風まどか)という娘を助けたことから、人生が大きく変わっていき…
作・演出/正塚晴彦、作曲・編曲/高橋城、高橋恵、振付/謝珠栄。1994年雪組初演のミュージカル・ロマン、全二幕。
初演を観ています。でも、なんか裁判の話だったような…という程度の記憶しかなく、再演の報にものすごく沸き立った、ということはなかったように思います。名作だよ!と語る人もいたけれど、なんせだいぶ日が経っていて観たことがない人の方が多いようだったし、名作の誉れ高く再演が待ち望まれて…という作品ではなかったように思うので、周りも「ふーん…」みたいな空気だったのではないでしょうか。あとはまあ、別箱再演、最近ハリー多いよね、みたいな。セットが簡素なことも多いので、柴田ロマンと並び全ツ向きと判断されがちであり、またおそらく財政状況が厳しい昨今、そんなに経費がかからないと判断されている面もあるのではないか、とも邪推します。まあ私はハリーファンなので単純に嬉しくはありましたけれどね。言われてすぐ、ティエリー・シンクレアとクリフォード・テリジェン!ってのは思い出せました。どこのものともつかない印象的な名前で、よく覚えていたのだと思います。
「ル・サンク」の発売は決定したようですが、別箱って脚本ちゃんと載りましたっけ…これは一行ずつ、この言葉のチョイスが、とかこの言い回しが、とかこのときの演技が、とかねちねち語りたいヤツですよね…初日に駆けつけましたが、そっけないと言っていいくらいの一幕の終わり方から幕間に突入したときの、すごいものを観ている…!という、いろいろなものを受け止めてずしりと心が重く、しかしおもしろさとドラマチックさと二幕への期待に胸躍りそれで心が軽くなる、両極端に高揚したことをすごくよく覚えています。
東西一度ずつしか観られなかったけれど、そして確かにちょっと上演期間が短めの公演だったけれど、ご縁あればもっと通いたかった、浸りたかった…そんな作品でした。
確か来月スカステで初演の放送があるはずですが、見比べるのが楽しみです。というか映像を持っていて見直した方が驚くほどまんま、とツイートしていたのを見かけましたが、おそらくそうなんだろうな、それが名作の証だよな、と思います。今ちょうど『バレンシアの熱い花』の初演もスカステで放送していますが、これがまたホントまんまなんですよ。まあ私は宙大劇版も生では観ていなくて、通ったのは宙全ツと先日の星全ツ版だけですが、ホント歌詞の一部やごく細かい台詞の語尾くらいしか変更がない。ソロが追加されている、とか振りが、とかフォーメーションが、とかの相違は些細なことで、キャラクターといいドラマといいストーリーといいテーマといい、何より脚本と演出が、もう骨格も肉も何もかもがしっかり最初からできあがっていて、そして今なお再演に耐えている作品だ、ということです。そういえば『ブエノスアイレスの風』も、初演はわかりませんが再演と三演はやはりごくわずかな変更しかありませんでした。まあこれはもう三度目だからかもしれませんが、それでも。すべからくこうあるべし…
私がよく、まあいい点がないこともないから換骨奪胎して作り直せば…みたいなことを言うときって要するに八割がた直せ、という意味だし、もうちょっとブラッシュアップすればより良い作品になるのでは、みたいなことを言うときも要するに四割がたは直せというくらいなわけです。でも『バレンシア』といいこの作品といい(これは初演と見比べられていないので本当のところはわかりませんが)、変更している点は全体の二、三%くらいにしか当たらないのではないでしょうか。それこそが本物だということだと思います。
ティエリーれいちゃん、またまた素晴らしき芝居を更新しましたね。歌は初日は不安定に聞こえたけれど、ブリリアで観たときにはもうすっかり自分のものにしていて、良き芝居歌になっていました。もともと喉がなんかつらそう、というだけで音痴ではないので、歌い方をつかんでしまえばきちんと聞かせられるんですよね。
そしてティエリーは、士官学校出たての青二才で、いいとこのボン、という設定の青い、熱い役です。初演当時のイチロさんも、カリンチョさんと学年差があったけれど学年のわりに落ち着き払った、つまりあまりキャピッとかキラキラしたところのない、真面目で実直なスターさんだという印象でしたが、それが若くはしゃぎ気味に役を作るのがよかったんでしょうね。若く青い役は若く青い下級生にはなかなか上手く演じられないものです。れいちゃんの若く明るい好青年っぷり、すごくよかったです。酒場でクリフォード相手に呑むときの前屈みっぷりやざっかけなさ、本当によかったです。
父も祖父も、一族の男はみんな軍人、という家に育ち、そのまま軍人になって、しかし彼が中央寄りの保守的な思想を持たなかったのは、何故なんでしょうね? まったく語られていませんが、たとえば一族の中に唯一の、忘れ去られた振りをされる、軍人にならず結婚もせず旅をして回り本でも書いているような、のんきなおじさん、みたいな人がいて、幼きティエリーを可愛がり、広い世界のことを語ってくれたのかもしれません。あるいは母親が開明的な人で、使用人に異民族の者がいても見下したり顎で使うようなことはせず、常に親身に接していて、そういう中でティエリーも育ったのかもしれません。もちろんちょっと頭でっかちな理想を抱えているようなきらいはあるにせよ、彼にはマッチョなところはまったくなく、すべての民族や自治州が対等で平等に並ぶ連邦制の未来を信じていて、不信や権勢争いによるきな臭い火種を消して回りたいという夢と理想に燃えて、連邦の端っこ、最果ての僻地赴任を志願したのでした。
それが、「軍とは結局力であり、私の理想は幻だった」となる物語です、この作品は。すごい作品を書くよハリー、宝塚歌劇に…それだけ宝塚歌劇を、そしてその観客を信じている、ということだと思いますし、私は観ていてそのことにとても胸熱くなりました。この作品が理解できる、このドラマの意味が読み取れる、受け取れると信じられているという信頼が、嬉しかったのでした。
とはいえ冒頭、訓練中のあかちゃんたち下士官や、その後士官学校の卒業セレモニーに現せる白い礼服姿のれいちゃんたちの凜々しくも美しい描写に(この流れるような入れ替わり、素晴らしすぎましたね!)、ダメだって、こういうふうに軍人とか軍服とかをカッコいいものとして描いちゃダメなんだよ、とヒヤヒヤしたのですよ、私。でもハリーはそんなことはちゃんとわかっているのでした。二幕での見事なひっくり返しっぷりよ…ライラたちルコスタの人間から見たらその訓練は威圧的で、いかにも不穏です。そして実際に衝突、戦争となれば、泥沼の中でボロボロになりながら戦うしかない…そして栄光なき負傷、それで前線から退けたのはいいけれど、今度は終戦したので軍事法廷に引っ張り出されるという過酷さ…軍隊に正義はない、戦争はみんなただの戦争でそこにも正義はない、あるのはただ人の死だけなのだ、という怖ろしいまでの真実を突きつける構成に、唸らざるをえませんでした。
とはいえ(しつこい)彼らが任官前のラスト演習、とか言って街にナンパに繰り出すあたりにまた私は青筋を立てかけたのでした。今や飯テロみたいな描写もやめた方がいいとされる世なのに、ジョークでも女性をゲリラ扱い、キレそうでしたよホント…でも当時の、そして今も、いかにも男の考えそうなこと、言いそうなことで、そのざらりとしたリアリティもギリギリありだな、とも感じました。また女性陣側もわかっていて口説かれに店に集っているわけですしね。まあこれは当時の女が男に頼らないと生きられないせいでもあつて、社会のせいなのですが…でも、先頭切ってみんなを連れ出したわりには、当のティエリーは結局クリフォードと呑んでいるので、それほど嫌な気持ちにならないで済んだ、というのもあります。
そしてその店で、ティエリーは、踊るライラを目に留める…
これがまた、「美しい」とは言っているんだけど、それは単に彼女の美貌とかに対してよりも、踊りとか存在そのものに対する漠然とした賛辞で、別にものすごい一目惚れだ、というんじゃないところがいいですよね。その後、ノヴァロたちに絡まれているところを助けるのも、それがライラだとわかって割って入っているわけではない。むしろアルヴァ(希波らいと)を見ていて、三対一の喧嘩を見かねて仲裁した、という感じなのがいいです。その後キャンプにネックレスを届けに行って、ちょっとしたやりとりをして、心にほんのり淡い何かが生まれて…それでもそのときはやっぱりそれだけで、でもその後もハウザー大佐(凛城きら。絶品!)のお供で訪れたシュトロゼック(高翔みず希。絶品!2)の家で再度の再会があって、これぞ運命…とついに雪崩を打っていく感じが、本当に良いのでした。
士官学校入学以前の生活でも、ご令嬢がたにモテないことはなかったろうけれど、それでもティエリーにとってはこれが初めての真剣な恋愛だったのではないでしょうか。そんな、おずおずとした、ときめきととまどいと、決して自分の想いを押しつけず、相手の意を汲もうとするところ、それでもほとばしっちゃう情熱…みたいなものの表現に、もう本当にキュンキュンしました。
けれど、事態は無情にもふたりを引き裂くのでした…冒頭とラストシーンはサナトリウムとされているので、ティエリーは牢獄というよりは病院に収監されていて、脚の傷だけでなくどこか内臓も傷めているのですね(クリフォードに先んじて現れるのは看守ではなく医者のようですし)。あの素敵なスーツはインタビュー用のおめかしなのかもしれませんが、普段も囚人服を着て過ごしているわけではなく、実家からの潤沢な送金でそれなりに暮らしてきたのかもしれません。それでも、四十絡みにしては彼は老けていて、それが戦場の過酷さ、幽閉生活のつらさ、傷の重さを窺わせるのでした。その佇まいも上手かった…!
あとは、再会の言葉は「片時もきみのことを忘れたことはなかったよ」みたいにすべきでしょうハリー!ってだけですね。ここで彼がライラを「おまえ」と呼ぶのはいかにも解せない。これまでも彼女をそんなふうには呼んだことがなかったし、ティエリーは女性を、まして好きな女性を、ましてライラのことを「おまえ」呼ばわりする人間ではないと思うのよハリー…!
別箱にしてはたっぷり3時間ある作品で、フィナーレも短いのであまりバリバリ踊るという感じではないのですが、各キャラクターを見せてパレードも含めるようなお洒落な構成で、れいまどの息もますますぴったりで、満足でした。うるさいことを言えばラストの敬礼は微妙かな、とまたザラつきましたが、あれは軍人仕草というよりは、すべてのものへの敬意みたいなものを示すポーズなのだ、と解釈して収めることにいたします。
ライラまどかにゃん、ハリー作品のロマのヒロイン、という意味では『追憶のバルセロナ』に続いて、という感じなのですが、これまたホントーによかった! これはもしかしたらまだ物慣れない下級生娘役がそのままの硬さで演じることもできるタイプのお役なのかもしれませんが、花も実もある演技力でそれをやってのけて、なお初々しく愛らしく、凜々しく強い素晴らしいライラで、私はまどかファンだということもありますがもうメロメロでした。
最初のダンスがまずもっていい。アルヴァらいととのダンスが、恋人同士ではない、他人同士でもない、血縁、兄妹のものだなって感じの濃さや馴れ合った感じがあるのがいいんですよー! らいとは『うたかたの恋』でもマリーまどかの兄でしたが、もちろん全然違うキャラで、でもその経験も踏まえてぐっと進化していて、こちらもよかったです。タッパが映えるし、歳はティエリーよりもしかしたら若いかもしれないけれど、修羅場の場数が違うよ、という老練さも出せていたと思うし、妹のところに軍人が訪ねてきてると聞いて心配して見に来る感じとか(でもさもふらりと立ち寄ったみたいな顔をする)、これは脚本や演出が上手いんだけれど本当にイイ。そして彼を、急進的な独立や武力衝突を避けるべく働いてきた父親に反感を持つような、わかりやすく熱くアタマの悪い突撃系のテロリストに設定していないところがめちゃくちゃいい。むしろそういうトラブルを避けて旅回りをしていた、ということには説得力があるし、そうやってなんとか平和裏に…って努めてきたのに、もうこうなったからには仕方がない、とばしっと切り替えて独立を宣言し立ち上がるのも、すごくよかったです。きっと若きリーダーとして良き働きをしたことでしょう。いやー、立派な三番手ポジのキャラで、人気出ちゃうじゃーん!とニマニマしてしまいました。
ホントは上級生のまどかが、歳の近い妹、という感じをまた上手く演じていたと思いました。こういう兄妹でよくあるようなわざとらしいキャピキャピしたべったり感がなくて、でもお互いめっちゃわかり合ってて信頼し合ってて心配し合ってて大事で、絶対に売らない、守る…という濃さ、強さ、痺れました。
でも、男同士だからなのか、ついカリカリしちゃうアルヴァと違って、ライラは普通にティエリーにお礼を言うんですよね。まあ「変わった人だなー…」くらいは思ってそうな表情をしているのがまたいいんだけど、必要以上に卑屈になったり意固地になったりはしていない、素直さ、まっすぐさ、強さがある。くわしくは語られませんが、かつて些細な嫌疑で基地に引っ張られた過去があり、そのときおそらく彼女の母親は命を落としているようだし、彼女自身もレイプとまでは言わないまでもひどい目に遭わされたようなことが語られるのに、それでも人を、中央の人だからとか軍人だからというだけでは見ない、警戒心はもちろんあるけれどそれでも開いた心を持つ少女であるライラが、本当にまぶしいです。
お祭りハイで誘っているようなところもあるのに、いざ恋に胸が苦しくなるとしゃがみ込んで小さく丸くなっちゃうのがまたカワイイ。まだ子供なのです、そういう意味では。その前後でも、やたらパタパタ揺れたりにぎにぎしたりでじっとしていない手が、本当に雄弁なんですよね。ライラの心情がそこからあふれちゃってるのです。上手い。
別れのくだりは、毎度涙鼻水がエラいことになっている大熱演で、本当に素晴らしかったです。ライラならそうだよね、そうなるよね、と思えました。
ラストに登場するライラは、ずいぶんと綺麗なマダム然としていて、もちろんそれでも苦労はしたに違いないしそもそも生き延びられたことが本当に奇跡なんだろうけれど、それでももうルコスタふうの服装はしていないんだな、ということがちくりと沁みました。その方が絵になる、という作劇都合だったのかもしれないけれど、やはり独立は果たせど小国は文化的にやがては混ざり飲み込まれ簒奪されていってしまうのかな、などと考えさせられたのです。でも、そうしたことも命あってのものだから…今は、抱きしめ合い寄り添い合うふたりの姿に涙するだけでいいのでしょう。
クリフォードひとこがまた、いつもだけれど本当に上手い、塩梅がいい。感心しました。
役としては主人公の親友、というよくあるところ。こちらは没落貴族の三男坊で、それをちょっとスネているようなところもあるけれど、本当にボンボンで本当にいい子なティエリーにかえって毒気が抜かれて、「友達だからな」となるような関係性なのでしょう。とてもいい。あとこんなに顔がいいのにちょっと残念な感じもいいんですよね(笑)、これは女性にモテなさそう…ハウザーさん、部下の妹とか娘さんとか、世話してやってください。あとリサ(愛蘭みこ)に「変な顔」とか言うところ、ホントひどいんだけど、要するに子供と同レベルで喧嘩しているということで、すごくクリフォードっぽいです。てかここの、エルサ(朝葉ことの。絶品!3。シビさんになれるレベルまでがんばっていっていただきたい…イヤ上手いホント上手い、こういう役回りがいいのよ。だからこうなると春妃うららの仕事がないわけです、それがよくわかりました)のお盆のエピソードとか、別になくてもいいんだけどホントいいですよね。
こういう部分も上手いけれど、圧巻なのは証言場面です。歳をとり、親友の弁護といえど冷静になろうと努め、しかし必死さや熱心さが漏れ出てしまう、深く低くときに熱い声…素晴らしかったです。ラスト、ティエリーほど老けていないのはともかくとして、彼の階級が上がっていないようだという指摘ツイートを見たのですが、本当ですか? 制服を替える余裕がなかっただけかもしれませんが、クリフォード、アナタって人は…と泣けてきますね。
クェイド少佐(航琉ひびき。絶品!4。イヤ今までお芝居ちょっと足りないなとか感じていたんですけれど、この役がちゃんとしていないとこの芝居は死ぬし、素晴らしかったです)を撃ち殺してしまったあと、動揺するティエリーの脳裏によぎるイメージとしてのクリフォード、というくだりがまた、よかったなあぁ…ひとこ、仕上がりつつありますね。
さなぎがまたいい仕事していて、ラシュモア軍曹(羽立光来)のびっくがまたまたいい仕事をしていて、あと検事(峰果とわ)が本当に素晴らしかったと思いました。カゲソロも絶品。あかちゃんは役不足ではあるけれど、私は今後はこういう起用でいくのだろう、とは思いました。別格スターとして丁重に扱うとは思うけれど、あくまで脇として使われていくんだと思うのです。でもノヴァロもよかった。彼が戦後にわざわざ事件を告発したのは、ティエリーへの意趣返しの部分ももちろんあるんだろうけれど、彼には彼なりの軍人としての美学があって、それがティエリーのそれとは相容れないものだったというだけのことだったんだろうと思います。お仲間の天城れいんくんがまた美貌を生かした意地悪なお役で良きでした。鏡星珠くんも同様。みくりんがらいととバリバリ踊るのも良きでした。赤毛のラチニナ(初音夢)も可愛かったなー。
場面がハウザー大佐の執務室になると、兵士役の生徒たちが机や椅子を運んでくるのがツボでした。でもこれで十分なんですよね。あとは左右にあるアーチの出入り口が意外に低くて、いつからいとがおでこぶつけるんじゃないかとヒヤヒヤしつつ観ていました。でもホント、必要十分なセットでした(装置/大橋泰弘)。
初演当時、ユーゴスラビア紛争が起きていたそうで、それでも「あくまでも恋愛物として脚本を書」いた、とハリーはプログラムで語っています。だからこそこの作品は時を超えられるのかもしれないし、そして残念ながら未だ世界から紛争はなくなっていないので、その部分こそが極めて今日的な物語、舞台になっていたのかもしれません。
火種は常に恐れ、不信です。疑心暗鬼が火のないところに煙を立たせ、枯れ尾花に幽霊を見せるのです。怯えはパニックを呼び、その手に武器を持っていたらそれを振るってしまうものなのです。だから我が国は学んで、武力を放棄したはずなのに…
我慢して、信じて、話し合えば、歩み寄れる、わかり合える。違う部分があっても同じ人間だと考えること、お互いを尊重し対等につきあうこと、求められていることはごく単純なことのはずです。それを難しくしてしまっているものはなんなのか、私たちもさらに見極めて今を生きていかないとなりません。
私たちの国は本当に特殊な環境にあって、海に囲まれた島国で、それがほぼそのまま国境となっていて、攻め出ていって負けたこともあるしそれで連合軍に進駐されていた時期もあったわけですが、敗戦直後の一時期を管理されていただけで侵略された、支配されていた、という意識がほぼない、極めてまれかつ恵まれた歴史を持つ国、民族なんだと思います。脳天気といってもいい。地上で隣国と接する国境を持たない分、外国とのつきあいが下手な部分もある。誰もが自然と、普遍的に持つ「よその国や民族に支配されたくない」みたいな想いに対しても、ピンと来ていないところがあるのでしょう。それこそお上に従う風土があるから、よその国が支配者になってもああそうですかと唯々諾々従いそう…なのでちょっと例外的ですが、一般的には、お互いに独立を守りながら、お互いの立場や状況を想像し、思いやり、寄り添い、お互いに歩み寄って、より良き道を探してつきあっていくしかないのです。地球は小さく狭いのですから。
まあ、敗戦ののちにせっかく手に入れた基本的人権の尊重、主権在民、戦争放棄という素晴らしい理念を掲げた憲法を、なんでもいいからとにかく変えたいみたいな愚劣なことをやろうとしている政府に牛耳られている国に生きている私たちなので、未来はだいぶ暗い気がするのですが、それでも私たちはこうして物語から学べるはずなのです。あやまちはくりかえしませぬから…そう言い続け、実現する努力を続けましょう。でないとホント、エンタメとしての上演も趣味としての観劇もすぐにできなくなっちゃうよ…(ToT)
東京千秋楽間際に、イチロさんとトウコさんの観劇があったようですね。その前にも、初演出演者のまとまった総見があったようです。つながれていくんですねえ、いいですよねえ。風、大地、星、夜空…大事にしていきたいものです。