駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

KOKAMI@network『リンダリンダ』

 シアターアプル、2004年11月17日ソワレ。
 大手レコード会社にメインボーカル・カズト(根田淳弘)を引き抜かれ、ドラムのヨシオ(田鍋謙一郎)は失意のうちに故郷に帰り、バンド「ハラハラ時計」は壊れかけていた。ベースのマサオ(松岡充)はバンドに未来がないなら解散しようと言う。マネージャーのミキ(馬渕英里何)はそれでは自分がなんのためにOLをやめたのかわからないと言う。リーダーのヒロシ(山本耕史)の恋人アキコ(SILVA)は、音楽は趣味にして次のステップへ踏みだそうと言う。そしてヒロシは、「ロックは永遠の反抗、連続する抗議だ」と言い、その場のでまかせである物騒な提案をする…作・演出/鴻上尚史、全2幕。

 鴻上氏は3年前にブロードウェイで『マンマ・ミーア!』を観て、日本で、自分が、こういう舞台を作るとしたら…ということで、ブルーハーツを選んだそうな。その意気やよし!
 先週仕事が忙しかったことが悔やまれます。ブルーハーツのベスト版を買って予習しておこうと思っていたのにそんな暇がなく、知っている曲しか知らなかった…多分私は最初のころのファンで、捜せば最初の1、2枚のアルバムのカセットテープが出てくると思うんですよね…やっぱり知っている曲が物語に合わせて始まるときのゾクゾク感、ドキドキ感は独特だったので、全部押さえておきたかったです。悔しい…
 でも、ABBAもそうですが、ブルーハーツもバンド自体はすでに解散している訳で、これからその楽曲を知らない観客も増えていくことでしょう。それでもこの舞台は、というか戯曲は、いい。この先も再演が重ねられるにちがいない、と思いました。

 音楽そのものも、私は音楽は本当に疎いのですが、ロックってやっぱ永遠なんじゃないんスか?(笑)
 ちなみにタイトルでありおそらくこのバンドの最も有名なヒット曲である歌は、劇中では使われませんでした。「(マッチの)凛だ」というセリフがあっただけ。あ、でももしかしたらアンコールで歌われたのかしらん、カーテンコール一回観ただけで出てきてしまったので…

 『マンマ・ミーア!』の向こうを十分に張っている作品だと思います。向こうが母と娘の、女の物語なら、こちらは男の子たちの物語。加えて国の無茶な公共事業による自然破壊という社会問題まで扱った、実に日本的な、でも普遍性のある物語だと思います。

 それから、久しぶりに、ジェンダー・フリーのものを観た、という気がしました。「男くさい芝居だよね。男はそれぞれの確信しているものをそのままやっていけばいいけど、そこに女性がどう食い込んでいくかっていうのはむずかしい」とバンドの新ドラム・大場役の北村有起哉がパンフレットの対談で語っていますが、でも女の子たちの描かれ方もすごくいいんです。ミキと、アキコと、サチエ(浅川稚広)の三人のヒロインがそれぞれに失意のときを迎えたときに、『キスして欲しい』の前奏が始まって、私は泣きそうになりましたよ…
 男も女も気持ちよく観られそうな舞台だったと思います。

 さて、で、メインの「男の子」ふたり。
 10歳でガブローシュ役で初舞台を踏んだキャリアを持っている人に失礼ですが、山本くんの歌が上手いのに仰天しました。あと、歌声に味がある! ドーランがなんか白すぎて血の気がなく見えて気持ち悪かったのは改善してほしいですけど。
 パンフレットの対談によれば、いつも「フルキャパでな」く「人生ナメて」て、「そうする方が、みんな楽しそうだから」「やんちゃ」ぶる、というような人柄の山本くん。なんかわかる気がするなー。性格的に「この場所で自分はこういうキャラだ」ということを常に意識してやってしまうようなところがある人が、でも実際の舞台ではちゃんとプロの役者としてさらに役を演じていて、でもそれがちゃんとナチュラルなキャラクターに見えて、いいな、上手いな、と思いました。

 対するこれが初舞台の松岡くんは、とにかく顔がちっちゃくてめちゃくちゃ美形で、にっこり笑うとあややもかくやという女顔のキュートさで、眼福。こちらは演技のタイプがまたちがくて、というかまだ「ニン」で役をやっているだけなんだけれど、でも、前のバンドではリーダーだったし今回だってホントはリーダーになりたかったけどじゃんけんで負けてずっとくやしくて、ホントはリードヴォーカルやりたいんだけど上がり症なんで子供向けのミュージカル劇団で度胸つける練習していたりして、すごくモテるのに真面目でカタくてミキにずっと告白できないでいて…というマサオに、なんかぴったりなんですよね。ミキにやっとやっと告白できたシーン、小細工がない感じで、よかった。ああいうふうにいい感じのヘタレさ加減を出すのって、すごく演技が上手い人でも難しいと思うのですよ。なるべく素に近いところでやっていて、正解だったんじゃないでしょうか。
 まだ初日から二日目だったしぎくしゃくしているところはありました。もっと練り上げられるとさらにいい舞台になるでしょう。

 それから台本としても言葉が足りないところはある気がしました。一番はミキちゃんの立ち位置。カズトの恋人だったんだけど本当はずっとヒロシが好きででもアキコさんとは友達だしだからカズトとつきあっていた? そしてマサオの気持ちにはまったく気づいていない?という設定が、わりとあとになってからじゃないとちゃんと明らかにされず、まあ類推できはするんですが、マサオがミキを好きなのかどうかも何しろマサオの芝居がアレなもんで最初のうち不確かなんですよ。でも、それをきちんと示してからの方が、あの「ギュ? ギュ~」のシーンは意味があると思う。ヒロシとマサオの間にも本当はもっと緊張感があるはずなんですよ。ヒロシは全然意識していないんですけれどね。
 ヒロシはどうやらやんちゃな下半身を持っているようですが、ミキにだけは向けられなかったのでしょう。そこがまたせつなかったりしてひとつのドラマになったはずなんですけれどね。ちなみに、そんなヒロシの在り方とか、それでもヒロシを許してしまうアキコというのは男性原理だと思うのですが、まあそこは男のファンタジーとして許しましょう。女のファンタジーである少女漫画だったらアキコは絶対にそんなことを許さないし、そもそもヒロシがどんなにモテてどんなにやんちゃでも一線だけは越えないでいるワケですよ。ファンタジーだと言うのは、そもそも普通の男はそこまでモテないからですね。
 爆弾は爆発しても、堤防は壊れなかったし、海は戻らなかったし、ムツゴロウは帰ってこなかった。カズトもヨシオも戻ってこなかった。だけどバンドはふたりの新メンバーを迎え、事件はもみ消されてみんなは罪を問われなかった。拘置所の前でやったコンサートの観客にはきっとアキコがいただろう。ヒロシとアキコの長い春がどこでどう決着するのかはわからない、マサオのミキへの想いが報われるのかはわからない、バンドがメジャーデビューできるのかはわからない、自然破壊が収まった訳では決してない。でも、人生は続いていく。終わらない歌を歌いながら…そんな、いい物語でした。

 そうだ、一点だけ。役名は、ヒロシ、マサオ、カズト、ヨシオとわざと記号的に三文字名前ばかりにしたのでしょうが、私はこれはよくないと思います。誰がなんて名前だかつかみづらくて、わかりづらいから。ケン、アキラ、ヨシヒコとか、音数を変えていくべきだと思います。
「ヒロシ! ちがう、ヒロシはオレだ」
 って山本くんのすごいポカとフォローがあったのがその証拠です。